同級の 奥村ケンちゃん家は、
私の家から 5分もかからない場所にある。
ケンちゃんは、軽度の知的障害があった。
特殊学級もなかったので、同じ教室で勉強していた。
いつも 誰か彼かが、代わる代わる
ケンちゃんの勉強を見てあげた。
小学2年で 九九を習った。
インイチガ1、インニガ2、
ニニンガ4,ハッサン24・・・
暗記は大のニガテの ケンちゃんだったが、
ある日の夕方、頑張って「五の段」を覚えきり、皆で大喜び。
しかし翌日、
ケンちゃんはニコニコしながら、「分からない」とだけ、答えた。
キレイさっぱり「五の段」を忘れ去ってしまったのだ。
「どうして 忘れちゃうんだろー? すごいね!」
皆で驚いて 大笑いした。
ケンちゃんも、一緒に笑った。
ケンちゃんの思考を見ていた。
ケンちゃんの頭は、大まかで少ない情報だけを掴まえられる。
難しいことや 長い文章は、音として聞こえても
意味としては認識されないようだった。
一度に 数語が 理解できる精一杯。
それ以上長く話しても、ケンちゃんの思考には、残らない。
他の言葉は 意味を伴わず、耳の外に流れていってしまうから。
ケンちゃんは 雰囲気にとても敏感で、
誰かが悲しくしていると、すぐにその人の元へ飛んでゆく。
ケンちゃんは リクエストすると、不思議なダンスを踊ってくれる。
誰にも踊れない、ケンちゃんならではのダンス。
皆が笑う。
ケンちゃんも上機嫌だ。
6年生の担任は、永野サチコ先生だった。
先生は、皆の良いところを見つけて伸ばすのがとても上手。
ケンちゃんの得意技を探すために
サチコ先生は、ケンちゃんに色々トライさせてみていた。
得意なことは、すぐに見つかった。
― 折り紙。
先生は、ケンちゃんに1冊、折り紙の本を貸し与えた。
ケンちゃんは、様々な折り紙に果敢に挑戦していった。
ケンちゃんは、本を広げながら折る。
忘れちゃっても 大丈夫なのだ。
ケンちゃんは、いつの間にか“折り紙博士”になった。
几帳面に角が折り合わせられた、美しい作品。
教室の後ろは、ちょっとしたギャラリーになった。
「それ、いいね!」
褒められると嬉しくなって
すぐに人に上げちゃうので、作品は長く留まらないが、
ケンちゃんの作品はどれも、不思議な感触が息づいていた。
・・・紙なのに 温かく、柔らかく、明るい。
最後に貰った折り紙は、“鳥が 何羽も 連なる器”。
不思議な光を 灯しながら
今にも羽を広げそうな 鳥たち。
いつか飛び立てる日が来る事を、心待ちにしているようだった。
|